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「お国のために」を使い続ける植田センセ。

さて。
耳につくほど「お国のため」という台詞を
多用してる植ジイ版「風共」

彼は時代の流れを読む人だと思っていたんだが、
やはり、年齢と権力に勝てなかったか。

上演台本を読み返したとき、
「お国のため」という言葉が「ふさわしいかどうか」を
考えなかった時点で、もう植田氏は過去の人なんである。

アメリカ人は「祖国」とは言うが、
「お国」のために「命をかける」人種ではない。
原作を、もう1度紐とけば、
アトランタやタラがどんな土地であり
風習をもち、
どんな思考を持ってるのか、書かれてるじゃないか。
「黒人」の奴隷制度の風習も、まだ最近の話である。

毎回「風共」には、プリシーという「黒人で頭の弱い少女」が出てくる。
植ジイは、平気で「頭が弱い」という設定を変えない。
それによって「何か」を訴えるならともかく、
彼の中では「場を盛り上げる存在」でしかない。
マミーという乳母がいる。
彼女も本来はしいたげられた存在であるが、
この作品では「その事実をふまえたうえでの台詞」
たるものが、描かれていない。

ワタシにとって彼の作品は「必要ない古い作品」である。
たとえば、映画版「風共」は、何度DVDで観ても
「古い」とは感じない。
優れた作品に時代は関係ない。
しかし、植田作品からは、ところどころから、
ほころびが見えてしまい、最後には台詞をまともに
聞いていたら「イライラ」してくる始末。

「古さ」を認識し、今にあわせて改稿されたなら、
植田氏も、また立派な作家だと思えただろうが、
「風共」に古臭さをはっきり感じた今、
潔く身をひけばいいのに、と思わずにいられない。

が、植田氏。
初日にSS席で観劇し、カーテンコールの最中に、
劇場をでる時「満面の笑み」を浮かべておられた。
「オレ、まだいけるやん!!」
と、勘違いしてるんじゃないか、
そう思わせる笑顔であった。

植田さん、それ、違うから!!
あの拍手は生徒への「よくやったなあ(かわいそうに)」という
お客様の温かい拍手ですから!!

ちなみに毎回演技指導を律儀にされる
後輩思いのショーちゃんさんは、
尚すみれ先生らとともに、
きちんとA席の後方で、観劇されてました。

人間は謙虚さを忘れてはいけないな、と
思います。
そして作家あれば己を知らなければなりません。

植田センセの栄光も、作品と共に過去のものである。
バカは自分で気づかないと「バカ」とわからない。
そんな恥をかくまえに、ご自分のセンスに
気づいて欲しいと思いました。

そうそう、コーイチなんか、2階席のロビーで
休憩時間中、ガムかみながら、1階のロビーを見下ろしてました。
この人「今日、何食べようかな?」くらいしか、考えてないよ。
少なくとも「風共」の内容や、今後の宙組のことは、考えてないな。
そう思わせる顔だったので。しかもガムってどうよ?(苦笑)
いつまで植田センセの作品を見せられるのか、
このごろはドキドキしてますよ。
来年確実に「ベルばら~オスカル編~」もありますし。
植田シンジ、恐るべし。
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