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あのCMはアカンと思う。

「音楽学校はいいところですよ」

というアピールを96期の人にさせるのは

アカンやろ。

「1人の人間をみんなで追い出した結束力は負けません」とか?

やめとけ。

本気でやめとけ。

言わされてる咲妃もさすがに可哀想やわ。
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「王手」~面白い人事~

宝塚の人事発表をみてると
将棋をさしてる気分です。

次の手、5手先まで考えてたら
「え、そこで「歩」を使う?」みたいな
飛び戦略で「やられたよ~」と思わせられるような。

これまでも、そしてこれからも
96期には色々な方が考え、もの申したりされると思います。
かつては、自分もそうでした。

でも言論で、変わらないのは歌劇団だなあと思うように
なったのも事実です。
自分が経営してるわけではないので、簡単に変わりません。

だから、あまり書かなくなると思います。
ムダだなあと思うから。

将棋に例えて1コマおいておきます。

今は、目先の発表でファンの方が一喜一憂されてます。

その裏を読めば

花組なら、だいもんが雪にいき
みりお、キキ カレーマイティと、きたとします。
次に順番を待つのは誰でしょうか?

新公でルドルフする人ですね。
この人だけは「実力」が謎なんです(笑)
でも、こうした裏で(おおげさですが)
着々と番手のあがってる生徒さんが1番怖いなあと思います。

目先の人事にとらわれて
「王手」がかかったそのとき
花組のトップがいつか、その生徒さんだった、というオチ。

でも、それさえも頭脳戦と思って、宝塚を観るのも面白いかも。
頭は生きてるうちに使わないと(笑)

逆に96期の生徒さんは、可哀想だと感じるこのごろです。
大人の戦略のコマの1つなんですから。
頑張ってください。

花組・新公配役と96期。

「劇団と96期には何かあったんですよ」
と、ふれてまわったような配役に拍手。

素晴らしいシシィや
かっこいいルドルフに期待!!




お金で解決できることで、解決したように思っても
実は何も終わっていない。

「セレブレーション100」の大楽で
さーっとひいたシーンがあった。

カリンチョが
「最高学年のスータン様と1番下の学年のらんまる!手をつないでください。
100周年の輪が云々」
と、いいつつスータンさんの手を握らせたわけで。
そのときの周囲の観客がサッとひいた瞬間を
自分は忘れません。
カリンチョ、それはアカン!!
何も知らないスータンさんの手になんてことを!!

通常なら温かい演出になるんでしょうが
冷たい私は一瞬で熱が冷めたんですね。
それくらい根が深いのです。
蘭舞さんは、この出来事をブログに書くのでしょうかね?




小池先生が初めて「エリザベート」を上演した日。
あの頃からずいぶんと、ご出世されたんですよね。

イジメはね、目の前でいじめられてて文句いえるか?
なんていうコトを聞かれたら
「はい、できません」と答えるしかないし。
事態はイジメ云々でなく「裁判」になったことだと云うコト。
100周年祭りや咲妃のトップ就任で
「なかったことに」
しようとしてるからこそ、おこった出来事として書いときます。

言葉はきついですが、裁判沙汰を起こすような人間に
本当に「何もなかった」のでしょうか?

また、裁判抜きにして、
彼女らに実力が本当にある人、いますか?

夢華あみは、歌が歌えました。
顔はダメでしたが、芝居をもっと勉強してたら
「女役」として使えたと思います。
これは「双曲線上のカルテ」での
スナックのママ、愛人役をやってたときに思いました。

咲妃は「春の雪」の聡子が良かったです。
会う人ごとに賛美されるような美人ではありませんが
声がきれいでした。

自分が観て、きちんと批評できたのはこの2人でしょうか。
最近では、雪組の真地がいい芝居をしてます。
そう、キチンと育てていけば、モノになる子もいるんです。
それは、新公を観た方にはわかっていただけると思います。

正直、優波はこないだの「ノクターン」に出てたのも忘れるくらい
存在感がありません。
芝居が心に残らない人ですね。



劇団は、何故96期をあわててあげようとするんでしょうか?
やましいことがないなら、他の期の人と同じように
扱うべきではないでしょうか?

新人公演は、出られる学年が研7までです(昔は違いました)

大勢いる劇団員のなかで先生方が気づかなかったような子を
探すためでもあると、岸香織さんのエッセイにもありました。
良心を忘れた劇団は、実力のある生徒さんをどんどん使い
育てていくよりも、お金の出せる生徒をバンバン使うことを選択しました。

愚者です。

「いつか辞める」

それは、劇団に入った生徒さんの宿命です。
またトップになれば「ゴールは目の前」の状態です。

今、96期からやたらトップ娘役を出すのは
「早く辞めさせたいから」でしょうか?

これも愚策だと思います。

何より、今回ばかりは(いや、そうでもないか)
悔しい思いをしてる生徒さんが多い配役になったと思います。

お客様に観て欲しくないんでしょうか?

早く辞めることをのぞまれるようなトップを
作ることの何がいいのでしょう?

なくした良心や
捨てた志、お金で動くようになった自分。
そういうものには、嫌悪がついてまわるので
あまり賢いとは思えません。

いい芝居が観たいだけなのに。
宝塚が好きというだけの理由なのに。
何でこんなにしんどいんでしょうね。


「嫌なら見るな」はもう飽きた。
自分は違う。
堕ちていく姿を
「とことんまで、観る」

一言。

お気づきの方もいらっしゃいますが、
今回の雪次期娘役トップ関連の記事では、
コメントを受け付けておりまん。

理由は言いたいコトは、記事に書いてるからで、
この事件に関しては、いくら討論しても、現状では
「覆ることはない」と判断したからです。

ですので、いただいたコメントは読んでおりますが、
それに対しての意見は、ワタシはないですし、
怒りの矛先は、歌劇団に向けたほうがいいと思います。
(すごく良い事を書いておられる方ばかりですので)

それより、これからの未来のほうが、
少なくともワタシには大事です。


ご理解願います。

サヨナラ宝塚。

96期事件の本質は、
イジメがあったことではなく、
万引きしてないのに、
学校ぐるみで「冤罪」を作り出した、

「立派な犯罪」を認めてないことである。

これはひとえに「歌劇団」の経営陣に問題がある。
コーイチ理事長が「賢い判断」をしなかった。
その判断が間違ってたからこそ、
当時の人事や娘役の異例の抜擢に、
ファンは不満の声をあげたのではなかろうか?

観客はバカではないのだ。

しかしながら、劇団はコトの本質を無視し続けた。
そのうち、観客の中にも
「舞台が観られたらいいから」
「可哀想だし」
と言い始め、96期事件は「なかったこと」になってしまった。

もう1度考えて欲しかった。

宝塚は、この100年間、
マンネリといわれようと

「清く 正しく 美しく」

を貫いたからこそ、存続できたのではないでしょうか?

しかし、今回96期からトップを出したことによって、
歌劇団と、コーイチ氏自身が、それを否定しました。

本当に残念です。

ワタシは、この人事で、
宝塚の1つの時代が終わったと思います。

ある意味100周年で、子孫自らが、教えを「壊す」とは、
一三翁も、びっくりでしょうね。

ワタシの中では、終わりました。

サヨナラ宝塚。
プロフィール

Author:ナムタン
宝塚歌劇の批評、芝居のお話などを書いてます。
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最低限のネチケットは守っていただきますよう
お願いいたします。

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